初稿:2013年06月14日(Yahooモバゲー日記)
改稿:2013年07月30日
主演:乾退助、後藤象二郎
ピクシブで読む
『夜な夜な俳諧』
後藤象二郎は、少なくとも坂本龍馬ら一党が思う程には器の小さな男ではない。
土佐の重鎮であり、大阪藩邸建築にあたり普請奉行を任され、江戸へ出た折には英国の言語も学んでいる。
ただ、人脈の運が悪い。
主筋の第一たる山内容堂の狭量しかり。
また、近辺仕えでもある幼なじみの乾退助は幼少期より、彼が嫌うと知るや否や、その蛇を見つけては放り投げて寄越し、にたりと笑う酔狂者。それでもなお、側にあらざるを得ない。
お役目柄もあろうが、逃げるわけにもいかぬ。並の器量ではつとまらないが、心労も大きかろう。
その上、故国で世相に反旗を翻して投獄されたはずの武市半平太らや脱藩した坂本龍馬ら下士どもは、京に出て、長州、薩摩の重鎮らとよしみを結ぶ。
彼らの思想は完全否定するべきものでは無いとは思うものの、土佐の動向を決する力をもつはの容堂公であり、彼は繋ぎ役である。
それでも、京にあるのは彼で、大久保やら高杉やらから声がかかれば出向き、あるいはこちらから声もかけねばならない。
心労が祟ってか、昨今は眠りも浅い有様。そして、幻聴のごときものまで聞こえるここ数日。
なにやら声が聞こえる。はっきりとはしないが、その有様はねとりとした感触で、彼の苦手な蛇を思わせる。気のせいだ、と己に言い聞かせ続けるも、三日、四日と続き、ついには十夜を越えた。
その夜は小雨が忍び降る。
竹馬の友たる乾退助は部屋に下がる挨拶の折、「幽霊日和だね」などと呟いた。その声は、聞かせるようでもあり、独り言のようでもあり。
背筋に冷や汗が伝う。
お役目柄、恨まれる筋も祟られる筋も、いくらでも思い当たる。
小雨の音。
後藤はついに、それに混じる声音を探す決意を固めて、勝手知ったる廷内を辿る。
声が少しずつ近くなる。俳諧の類いには思える。節句か、俳句か、あるいは、巷の下層民のする狂句川柳の類いか。だが、季語も作法も奇妙に思える。
かつて、捕らえた者、投獄した者、処刑を言い渡した者。様々な顔が脳裏をよぎる。
殺気を無理にも押さえている様が見える岡田やら武市の方が、この声、否、怨念込めて恨み言でも唱えているであろう亡霊やら生き霊やらより、遙かに素直でましに思える。
声が近い。その廊下の先の縁側をのぞき込めば――その先にあるのは人の姿か、妖魔、亡霊、生き霊の類いか。
後藤は、意を決してのぞき見る。
がくり、と膝が落ちた。恐怖ではなく、安堵でもなく、脱力、である。
「おや。どうしたんだい、後藤くん」
奇っ怪な声の主は、平然と居た。
竹馬の友、昨今、蛇より蛇に近づいているような気がする、乾退助。
−おしまい−
【二次創作…っぽいものの最新記事】